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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)7889号 判決 1983年9月22日

原告

寿田こと川上寿雄

被告

安田火災海上保険株式会社

ほか二名

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金三一三万円を支払え。

2  被告株式会社西都水産及び被告鈴木隆司は各自原告に対し、金一、二五七万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年五月一四日午前六時二〇分ころ

(二) 場所 東京都中央区築地五丁目六番四号先路上

(三) 加害者 被告鈴木運転の自家用普通貨物自動車品川一一せ〇〇七九号)

(四) 被害者 原告運転の普通乗用自動車(タクシー。練馬五五え八六七〇号)

(五) 態様 加害者が被害者に追突

2  原告の受傷の部位・程度

(一) 原告は、本件事故により、頭部打撲、外傷性頸髄症、頸椎捻挫、腰部捻挫、右肘打撲の傷害を受け、次のとおり入通院して治療を受けた。

(1) 昭和五四年五月一四日から同年六月八日まで、木挽町病院に入院(二六日間)

(2) 同年六月八日から同年七月二〇日まで、医療法人社団東弘会山川病院に入院(四三日間)

(3) 同年七月二一日から同年一二月一三日まで、同病院に通院(実日数一二〇日)

(4) 昭和五五年一月九日から同年四月二〇日まで、関東労災病院に入院(一〇三日間)

(5) 右入院をはさんで、昭和五四年一二月一四日から昭和五五年一月一八日まで、及び同年四月二一日から同年一〇月三日まで、同病院に通院(実日数一六日)

(二) 原告は、昭和五五年一〇月三日関東労災病院において、症状固定の診断を受け、次の後遺障害が確定し、自賠責保険において後遺障害等級一二級の認定を受けた。

(1) 主訴又は自覚症状として、痙性(左に強い)、しびれ、頭痛、頸部痛、腰痛、右眼痛あり。

(2) 他覚症状及び検査結果として、痙性、知覚障害(左に強く障害)あり。

(3) 眼球の障害として、視力右裸眼〇・八、矯正〇・八、左裸眼〇・九、矯正一・〇。

(4) 精神・神経・胸腹部臓器の障害として、両上下肢に痙性、しびれ、疼痛がみられ、長い姿勢、労作は困難。

3  示談契約

原告は、昭和五六年四月一三日被告西部水産及び被告鈴木との間に、本件事故による損害額を次のとおりとする示談契約を締結し、そのうち、既払金を除く金二八〇万二、五五七円(左の(六)ないし(一〇)の損害)の支払を受けた。

(一) 治療費 金四三五万五、八四〇円

(二) 休業損害

(三) 通院費

(四) 雑費 }金六四六万二、〇八二円

(五) 自賠責後遺障害 金二〇九万円

一二級賠償金

(六) 慰謝料(入通院分) 金一三二万〇、八四二円

(七) 慰謝料(後遺障害分)

(八) 逸失利益 }金一三六万二、〇五八円

(九) 休業損害追加分 金一〇万二、五五七円

(一〇) 雑費追加分 金一万七、一〇〇円

合計 金一、五七一万〇、四七九円

4  示談契約の無効

原告は、その後関東労災病院で再診断を受け、労働基準監督署に対し労災の後遺障害の認定を求めたところ、昭和五六年八月、後遺障害等級九級に該当する旨の認定を受けた。

前記示談契約は、自賠責保険において認定された一二級の後遺障害等級を前提に損害額を算定したものであり、原告としては、右のとおり九級の認定がなされるのであれば、損害額に相当大きな差が生じるから、当然前記示談契約には応じなかつた。したがつて、前記示談契約は、その基礎とした事実が真実と一致していなかつたのであり、原告には要素の錯誤があるから、無効というべきである。

5  原告の損害

原告の九級の後遺障害を前提とする損害額は次のとおりである。

(一) 逸失利益

原告の年収は金四五〇万九、二一〇円であり労働能力喪失率を二五パーセント(将来多少回復する可能性もあるので、控え目にする。)、就労可能年数を二二年間(四五歳から六七歳まで)、ライプニツツ係数を一三・一六三〇として計算すると、逸失利益は金一、四八三万八、六八二円となる。

(二) 慰謝料

九級の後遺障害慰謝料としては、金三〇〇万円を相当とする。

(三) 示談した金額との差額

前記示談契約における後遺障害についての損害額は金三四五万二、〇五八円(前記3(五)、(七)、(八)の金額)であり、右損害額との差額は一、四三八万六、六二四円である。

(四) 弁護士費用

本件訴訟における弁護士費用として金一三〇万円を相当とする。

6  被告らの責任

(一) 被告安田は、本件加害車について自賠責保険を締結していた保険会社であり、自賠法一六条に基づき損害賠償額の支払義務がある。

(二) 被告西都水産は、本件加害車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであり、自賠法三条の責任がある。

(三) 被告鈴木は、前方注意義務違反の過失により本件事故を起こしたものであり、民法七〇九条の責任がある

7  よつて、原告は、被告安田に対し、九級の後遺障害の保険金額である金五二二万円と既受領の一二級の後遺障害の保険金額である金二〇九万円との差額金三一三万円の支払を、被告西都水産及び被告鈴木に対し、その余の金一、二五七万円の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。同2(二)の事実中、(4)は否認し、その余は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、労災の認定は不知、示談契約が要素の錯誤により無効であるとの点は争う。

本件示談契約は、交通事故紛争処理センターにおいて、同センターの宮崎弁護士の調停の労を得て成立したものであるところ、原告は、当時自賠責保険における一二級の認定を不服として、再審査請求をしたが、右認定は覆らなかつたのであり、右認定に不服である旨を言明しながら、示談時においてはこの点を譲歩して示談したのである。したがつて、原告の後遺症の程度は、原告と被告らとの間で争いとなつていたのであり、これを和解によつて解決したのであるから、民法六九六条の和解契約の確定効力によりこの点をむし返すことはできないというべきである。

5  同5の事実については争う。

6  同6の事実は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実(ただし、2(四)の事実は除く。)については、当事者間に争いがない。

原本の存在及び成立とも争いのない甲第一、第二号証(乙第一七、第一八号証も同じもの)によれば、請求原因2(四)の事実は、昭和五五年一〇月三日付診断の後遺障害診断書には記載されておらず、昭和五六年二月六日付診断の後遺障害診断書に記載されていることが認められる。

二  本件示談契約に至る経緯について判断するに、原本の存在及び成立とも争いのない乙第二〇ないし第二四号証、証人飯塚元昭の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告の本件事故による後遺障害は、昭和五五年一〇月二一日自賠責保険において、一二級一二号に該当する旨の認定がなされたこと原告は、右認定を不服として、昭和五六年二月六日ころ再審査請求をしたが、右認定は覆らなかつたこと、原告は、一二級より高い後遺障害の等級を主張し、被告安田(本件加害車の任意保険の保険会社でもある。)の担当者と示談交渉をしていたが、満足な回答が得られなかつたため、同年三月東京都新宿区所在の交通事故紛争処理センターに調停を申し立てたこと、同センターにおいては、訴外宮崎弁護士の斡旋により二回調停の席が設けられ、原告の後遺障害の程度が主要な争点となつたが、従前の示談交渉時の金額を上回る和解案(ただし、基本的に一二級の後遺障害を前提としている。)が右弁護士から提示され、双方ともこれを受け容れて本件示談成立のはこびとなつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  原告は、本件示談契約は要素の錯誤により無効であると主張する。

たしかに、成立に争いのない甲第三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による後遺障害について、昭和五七年三月労災保険の関係で九級の認定になつた旨の通知を受けたことが認められる。

しかしながら、前記認定の本件示談契約に至る経緯によれば、同一の後遺障害につき、労災保険の後遺障害等級が異なる認定になつたとしても、本件示談契約の効力を否定することはできないといわなければならない。なぜなら、本件では、原告の後遺障害の程度が争いとなつていたのであり、その点の解決がなければ、本件示談契約にはならなかつた筈である。原告は、不満な気持ちながらも、基本的に一二級の後遺障害を前提とする交通事故紛争処理センターにおける和解案を了承し、損害金を受領したわけである。したがつて、原告の後遺障害の程度は、争いがありながら和解によつて解決した事項として、民法六九六条が適用され、再度むし返すことは許されず、この点に錯誤があつたとしても、本件示談契約の効力に影響を及ぼすものではないといわなければならない。

なお、原告本人尋問の結果によれば、原告の症状は、本件示談契約後、悪化したわけではなく、むしろある程度良くなつてきていることが認められるのであつて、事情の変更があつたということもできない。

以上のとおり、本件示談契約を無効とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用できない。

四  よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

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